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戦後65年目、とうとう日本は赤化してしまうのか? いや、断じて赤化させてはいけない。戦前日本は赤に対しての防波堤であったがアメリカの帝国主義の前にその防波堤は崩された。
 
 
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祖先の功績を称えるべき、そして祖先が我々に託した日本を共産主義から守らなければいけない。

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見えない力を持っている天皇 



天皇家は日本に於ける最高神「天照大神」の子孫であり、2670年間延々とその血統を守り抜き現在に至るわけである。
武家社会に入ってもなお、その天皇にお墨付きを頂きたく、その時代の将軍は全てと言っていいほど天皇家に擦り寄ってきたのです。

そして慶応3年「1867」年に「王政復古の大号令」が発せられ、ご存知源頼朝依頼675年続いた武家社会は幕を降ろしました。

そして明治維新、最後の将軍徳川慶喜、いわゆる幕府軍も外国の武器を装備し薩長を圧倒するほどの軍事力は持っていたのです。そして鳥羽、伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争に入って行ったのですが、普通に戦えば戦力から見て幕府軍の
方が有利だったのですが、薩長軍はある秘密兵器を持っていました。


ken2.jpg

薩長軍の隊には天皇の象徴「錦の御旗が」立てられていたのです。この錦の御旗を見た幕府軍は朝敵になるのを恐れ
連戦連敗東へ敗走し、逆に薩長軍は錦の御旗をなびかせ、官軍として東へ進軍して行き戊辰戦争に勝利したわけです。

歴史に「もし」はありませんが、このとき天皇が中立を保っていたならば当時の欧米の列強の代理戦争のような長い年月をかけた内戦になり、当時の中国を考えればわかりますが確実に国は疲弊して欧米の植民地になっていたことでしょう。

しかし明治維新になってもまだ各地の諸大名の領地の問題が残ってました。明治2年に全国諸大名に領地と領民の奉還
を許可すると言う名目で「版籍奉還」を実施、当時の殿様を知事に任命しました。そうすることにより徐々にそれぞれの領地の自治権を弱め、明治4年に天皇による「廃藩置県の勅書」が出され既存の藩の知事は、これを受け明治に入ってからの遺物「藩」が消滅し 道 府 県と名前を変え、争いも無く日本で始めての中央集権国家になった訳です。

そして長い年月が過ぎ、先の大東亜戦争の終結による玉音放送、最後まで戦うのを諦めなかった将兵に整然と武器を
置かせ連合軍を日本本土に向かい入れた事や、敗戦により大日本帝国の元首であり最高司令官だった昭和天皇は連合国側から「戦犯として裁かれるべきだ」との要求があったにも関わらず訴追を逃れ、またそれまでの世界常識では敗戦国の皇帝はことごとく退位してたのにも関わらず、退位することなくそのまま在位し、天皇制も政治的権限を失っただけで存続し、現在に至ってるわけである。
アメリカ合衆国大統領が腰をここまで曲げ頭を下げる相手が他にいるだろうか? 世界広しといえども天皇陛下だけであろう。

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